リソースが限られていてもできるD&I推進:担当者1人でも実践可能なステップ
はじめに:リソースの壁を乗り越えるD&I推進
「D&I推進は重要だと分かっているけれど、専任の担当者もいないし、予算も限られている…」。そう感じているD&I推進担当者の方、あるいは兼務で推進を任されている方は少なくないのではないでしょうか。特に、組織の規模が大きくない場合や、D&Iへの理解がまだ全社的に浸透していない段階では、大規模な施策を企画・実行するのは難しいと感じるかもしれません。
しかし、D&I推進は、必ずしも多大なリソースや専門知識がなければ進められないものではありません。小さな一歩からでも、着実に組織文化を変革し、多様な従業員が活躍できる環境を整備することは可能です。
この記事では、リソースが限られた状況でもD&I推進を効果的に進めるための実践的なステップと、担当者一人からでも始められるアプローチをご紹介します。
リソースが限られる組織におけるD&I推進の主な課題
リソースが限られている組織でD&I推進に取り組む際に直面しやすい課題は多岐にわたります。
- 人員不足・兼務: D&I推進が専任ではなく、人事担当者などが他の業務と兼務している場合、十分な時間や労力を割けない。
- 予算不足: 大規模な研修プログラム、外部コンサルティング、専門ツールの導入などが困難。
- 専門知識・ノウハウ不足: D&I推進に関する専門的な知識を持つ人材が組織内に少ない。
- 協力者の不在: D&Iの重要性に対する全社的な理解が進んでおらず、他部署や従業員の協力を得にくい。
- 経営層の優先度: 経営層のD&Iへの理解が不十分で、戦略的な優先度が低い。
これらの課題は、推進担当者のモチベーションを低下させたり、「どうせ何もできない」という諦めにつながったりする可能性があります。しかし、重要なのは「ないもの」を嘆くのではなく、「あるもの」を最大限に活用し、小さな成功を積み重ねていくことです。
リソースが限られていても実践できるD&I推進のステップ
ここでは、少ないリソースでも効果的に取り組める、具体的なステップをご紹介します。
ステップ1:現状把握と小さな目標設定
大規模な組織診断は難しくても、まずは身近な範囲から現状を把握し、達成可能な小さな目標を設定します。
- 身近な声に耳を傾ける:
- 形式的なアンケートではなく、部署内のメンバーや、日頃から意見を言いやすい関係性の従業員数名に、非公式なヒアリングを実施します。「職場で働きにくさを感じる点は?」「多様性についてどう思う?」といった、ざっくばらんな会話からヒントを得ます。
- 既存の会議や1on1などの機会を使い、さりげなくD&Iに関連するテーマに触れてみるのも有効です。
- 特定の課題に焦点を当てる:
- 全ての多様性に取り組むのではなく、まずは「育児と仕事の両立」「リモートワーク環境でのコミュニケーション」「特定の属性への理解促進」など、自社の現状で特に重要と思われる、あるいは取り組みやすそうな特定の課題一つに焦点を絞ります。
- 「小さく始める」目標設定:
- 「全従業員の意識変革」のような大きな目標ではなく、「〇〇に関する正しい情報を社内SNSで週1回発信する」「月1回、特定のテーマで意見交換会を実施する(希望者のみ)」「特定の制度(例:慶弔休暇)の周知を徹底する」など、担当者一人でも、あるいは少数の協力者と実現可能な、具体的で期限を設けた小さな目標を設定します。
ステップ2:手軽な情報発信と啓発活動
予算をかけずに行える情報発信や啓発活動は、従業員の意識に変化をもたらす第一歩です。
- 社内コミュニケーションツールの活用:
- 社内チャットツールやメール、社内SNSなどで、D&Iに関する短いコラムやニュース、イベント情報などを定期的に発信します。専門的な内容ではなく、分かりやすい言葉で、身近な話題と結びつける工夫をします。
- 例:「今週のダイバーシティ豆知識:アンコンシャス・バイアスって何?」「〇〇さんの育休体験談」「リモートワークで孤立しないためのコミュニケーションTIPS」
- 既存の会議・イベントの活用:
- 部署ミーティングの冒頭で、D&Iに関する簡単なトピック(例:今日から使えるインクルーシブな言葉遣い)を共有する時間を設けてもらえないか提案します。
- 社内イベント(例:忘年会、ランチ会)で、D&Iに関するクイズや簡単なワークショップを取り入れることも検討できます。
- ポスターや掲示物の活用:
- 手作りでも構わないので、D&Iに関する標語やイラスト、イベント告知などを休憩スペースや共有スペースに掲示します。
ステップ3:協力者の発掘と小さなチーム作り
一人で抱え込まず、社内の賛同者を見つけて協力体制を築きます。
- 共感してくれる人を見つける:
- ステップ1でヒアリングした際に、D&Iに関心を示した従業員に声をかけ、協力を依頼します。
- 特定のテーマ(例:育児支援、障がい理解)に関心を持つ従業員はいないか、社内ネットワークを活用して探します。
- 非公式な「推進チーム」:
- 正式なプロジェクトチームではなく、ランチタイムに集まる、オンラインで情報交換するなど、負担にならない形で意見交換や活動のサポートをお願いできる少人数のグループを作ります。名称は「D&Iに関心がある人の集まり」「より良い職場を作る会」など、硬すぎないものが良いかもしれません。
- マネージャー層への働きかけ:
- 全てのマネージャーを一度に巻き込むのが難しければ、まずはD&Iへの理解がある、あるいは関心を示してくれたマネージャーに個別にアプローチします。彼らの部署でパイロット的な取り組みを行ってもらうなど、協力を仰ぎます。
ステップ4:効果測定とフィードバックの循環
小さな取り組みでも、その効果を測定し、フィードバックを得て次に活かすことが重要です。
- 簡単な定点観測:
- 大規模な従業員満足度調査ではなく、特定の施策を行った前後で、簡単なアンケート(例:無記名で3問程度)を実施します。
- ヒアリング対象者を定期的に変えながら、意見や感想を収集します。
- 成功・失敗事例の共有:
- 小さな取り組みであっても、どんな効果があったか、何がうまくいかなかったかを、協力者や関心を持つ従業員と共有します。成功体験は次の活動のモチベーションとなり、失敗からも学びを得られます。
- 集めた声やデータを基に、次の「小さな目標」を設定します。
事例:ある中小企業での取り組み
ある社員数100名規模の中小企業では、人事担当者が兼務でD&I推進を担当していました。予算もほとんどなく、専門知識も限られていました。
この担当者は、まず社内チャットツールに「ダイバーシティ&インクルージョン情報交換ルーム」を開設。週に一度、D&Iに関する簡単な記事やニュースを投稿することから始めました。興味を持った数名の社員がルームに参加し、コメントを寄せるようになりました。
次に、その中から特にD&Iに関心がある社員数名に声をかけ、非公式なランチミーティングを月に一度開催。ここでは、特定のテーマ(例:女性のキャリア、外国籍社員とのコミュニケーション)について自由に意見交換を行いました。
これらの活動を通じて集まった社員の声や、ランチミーティングで出たアイデアを、人事担当者は月次の役員会議で簡単に報告しました。最初は「難しい話だね」という反応でしたが、具体的な社員の声や、ランチミーティングが少人数の気軽な集まりであることが伝わると、徐々に経営層の関心も高まりました。
この小さな積み重ねが、その後、育児休業取得者への復職支援面談の導入や、社内報での「多様な働き方」特集へとつながっていきました。最初から大きな目標を立てず、身近なツールと協力者から始めたことが成功の鍵でした。
実践上のポイント:継続のために
- 完璧を目指さない: 最初から完璧な施策を目指す必要はありません。まずは「できること」から始め、少しずつ改善していく姿勢が重要です。
- 外部リソースを活用する: 自治体の支援制度、無料セミナー、非営利団体などが提供する情報やプログラムなど、外部の無料または低コストのリソースを積極的に活用しましょう。
- 「小さな成功」を見つけ、共有する: どんなに小さなことでも構いません。ポジティブな変化や、従業員からの肯定的な反応を見つけ、関係者に共有することで、モチベーション維持や協力者増加につながります。
- 無理をしない: 担当者一人で抱え込みすぎると、息切れしてしまいます。休息を取り、自分自身の心身の健康も大切にしてください。D&I推進は長期的な取り組みです。
まとめ:一歩踏み出す勇気
リソースの制約は、D&I推進を始めない理由にはなりません。むしろ、限られたリソースの中で創意工夫を凝らすことが、組織の実情に即した、地に足の着いた推進活動につながる場合もあります。
この記事でご紹介したステップは、担当者一人からでも始められる、小さくとも確実な一歩です。完璧な準備が整うのを待つのではなく、まずはできることから行動に移してみてください。あなたのその一歩が、組織の未来にとって大きな変化をもたらす可能性を秘めています。
活動を通じて見えてくる新たな課題や、協力してくれる仲間の存在が、きっと次のステップへの力になるはずです。応援しています。