働き方の多様化をD&I推進の力に:具体的な施策と企業事例
働き方の多様化はD&I推進の追い風か、それとも課題か?
近年、リモートワークやフレックスタイム制など、働く場所や時間にとらわれない多様な働き方が急速に普及しています。これは、育児や介護との両立、地理的な制約の解消、個々の生産性の向上といったメリットをもたらす一方、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)推進の観点からは、新たな課題や機会を生み出しています。
D&I推進担当者として、この働き方の多様化をどのように捉え、自社のD&I推進活動に活かしていくべきか、悩んでいる方もいらっしゃるのではないでしょうか。本記事では、多様な働き方がD&I推進にもたらす影響、潜在的な課題、そしてそれらを乗り越え、多様な働き方をインクルーシブな組織づくりの力に変えるための具体的な施策や企業の取り組み事例をご紹介します。
多様な働き方がD&I推進にもたらす影響と潜在的な課題
多様な働き方は、物理的な制約を取り除くことで、より幅広い人材が活躍できる可能性を広げます。例えば、地方在住者、障がいを持つ方、育児・介護中の社員などがキャリアを継続しやすくなることは、組織の多様性を高める上で大きなメリットです。しかし、その一方で、以下のような潜在的な課題も指摘されています。
- コミュニケーションの希薄化と情報格差: 対面での偶発的なコミュニケーションが減少し、オンラインでのやり取りが中心となることで、メンバー間の信頼関係構築や、非公式な情報共有が難しくなる場合があります。これにより、特定の情報が一部の社員に偏り、情報格差が生じる可能性も考えられます。
- 帰属意識・一体感の低下: 同じ空間で働く機会が減ることで、組織やチームへの帰属意識が薄れたり、「自分だけが蚊帳の外にいる」と感じる孤立感を生んだりする可能性があります。
- 評価・育成の難しさ: 対面での働きぶりが把握しにくくなることで、成果だけでなくプロセスを含めた公平な評価が難しくなったり、OJTなどによる育成機会が減ったりする課題があります。
- 「柔軟な働き方ができない社員」への配慮: 職種や業務内容によっては、リモートワークやフレックスタイムといった柔軟な働き方を選択することが難しい社員も存在します。こうした社員に対し、不公平感を与えたり、成長機会に差が生じたりしないよう、配慮が必要です。
- 無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)の顕在化: 「リモートワークをしている社員はサボっているのではないか」「柔軟な働き方を選んでいる社員は昇進意欲が低いのではないか」といった無意識の偏見が、評価や機会提供において影響を与えてしまうリスクもゼロではありません。
これらの課題は、D&I推進の目標である「すべての社員が能力を最大限に発揮し、公正に評価され、組織の一員として認められる状態」を阻害する可能性があります。
多様な働き方をインクルージョンにつなげる具体的な施策
前述の課題を認識した上で、多様な働き方をD&I推進の追い風に変えるためには、意図的かつ計画的な施策が必要です。以下に、いくつかの具体的なアプローチと施策例をご紹介します。
1. インクルーシブなコミュニケーション基盤の構築
- コミュニケーションツールの活用ガイドライン策定: オンライン会議ツール、チャットツール、情報共有ツールなどの適切な使い方を明確にし、すべての社員が必要な情報にアクセスでき、平等に参加できる環境を整備します。例えば、オンライン会議では積極的に参加を促すファシリテーションの工夫や、議事録の共有徹底などを行います。
- 定期的な1on1ミーティングの推奨: 上司と部下間の定期的な個別面談を推奨・仕組み化し、業務状況だけでなく、メンタルヘルスやキャリアに関する懸念なども気軽に話せる機会を設けます。これは、特にリモートワーク環境下での孤立感解消に有効です。
- オンラインでの非公式交流機会の提供: バーチャルオフィスツール、オンラインランチ会、オンライン部活動など、業務とは直接関係のない非公式な交流機会を意図的に企画・奨励することで、社員間の心理的な距離を縮め、親睦を深めます。
2. 公平性と透明性を高める評価・育成制度の見直し
- 成果評価の重視とプロセスの可視化: 働く時間や場所ではなく、設定された目標に対する成果や貢献度をより重視する評価制度に移行します。また、タスク管理ツールなどを活用し、各自の業務プロセスや進捗状況をチーム内で共有することで、リモートワークでも協力やフォローがしやすくなる環境を作ります。
- 育成機会の公平な提供: オンライン研修プログラムの拡充、メンター制度の導入、キャリア相談窓口の設置などにより、働く場所や時間に関わらず、すべての社員がスキルアップやキャリア形成の機会を得られるようにします。
- 多面評価(360度評価)の活用: 上司だけでなく、同僚や部下からの評価も取り入れることで、対面での働きぶりが見えにくい状況でも、より多角的に個人の貢献やチームへの影響力を評価できるようにします。
3. すべての社員への配慮と公平な機会提供
- 柔軟な働き方ができない社員への代替策: 業務内容からリモートワークが難しい社員に対しては、オフィス環境の改善(例: 静かに集中できるスペースの設置)、フレックスタイム以外の働き方の選択肢(例: 短時間勤務制度、副業許可)、またはキャリアパス上での不利益が生じないような配慮を行います。
- 情報アクセスのバリアフリー化: 社内情報は、物理的な場所や働く時間に関わらず、すべての社員が容易にアクセスできるよう、デジタル化と一元管理を徹底します。聴覚や視覚に障がいがある社員向けの代替テキストや音声解説なども検討します。
- ハラスメント防止策の強化: オンライン環境下での新たなハラスメントリスク(例: 監視の強化、プライベートへの過干渉)に対応するため、ガイドラインの見直しや相談窓口の周知徹底を行います。
企業の取り組み事例
具体的な企業名を示すことは難しい場合もありますが、以下のような取り組みは多くの企業で効果を上げています。
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事例1:IT企業A社
- 課題:フルリモート導入後、チームワークや一体感の低下が見られた。
- 施策:週に一度、チームごとに「バーチャルコーヒーブレイク」の時間を設定。業務に関係ない雑談を推奨し、心理的安全性の高い関係構築を促した。また、オンラインでのチームビルディングアクティビティを定期的に実施した。
- 効果:チーム内のコミュニケーションが活性化し、互いの状況への理解が深まった。結果として、困った時に助けを求めやすい風土が醸成された。
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事例2:製造業B社
- 課題:工場勤務などリモートワークが難しい社員と、本社勤務で柔軟な働き方が可能な社員の間で、不公平感が懸念された。
- 施策:リモートワークが可能な社員に対しては、オフィス出社日のルールを明確化し、すべての会議をハイブリッド形式(対面+オンライン)で実施することを義務付けた。また、工場勤務者向けには、最新技術習得のためのオンライン研修プログラムや、部門横断での情報共有会を定期開催し、成長機会の公平性を確保するよう努めた。
- 効果:異なる働き方の社員間の相互理解が進み、不公平感に関する懸念が減少した。すべての社員が会社全体の動きや情報にアクセスしやすくなった。
実践上のポイント
多様な働き方をD&I推進に活かすためには、以下のポイントが重要です。
- 経営層の理解とコミットメント: 多様な働き方とD&I推進が企業戦略として不可欠であることを経営層が理解し、メッセージを発信することが重要です。
- 従業員の声を聴く機会の創出: アンケート、タウンホールミーティング、個別面談などを通じて、多様な働き方に関する従業員の率直な意見や懸念を継続的に把握し、施策に反映させます。
- スモールスタートと改善: 最初から完璧を目指すのではなく、特定の部署やチームで小さく施策を試行し、効果測定を行いながら改善を繰り返していくことが現実的です。
- D&Iの視点を常に意識する: 働き方の制度設計や運用において、「この制度は特定の属性の社員にとって利用しやすいか、あるいは障壁になっていないか」「すべての社員が公正な機会を得られているか」といったD&Iの視点を常に持つことが不可欠です。
まとめ
リモートワークやフレックスタイムといった働き方の多様化は、D&I推進にとって新たな機会であると同時に、適切に対応しなければ組織の一体感や公平性を損なう可能性もあります。D&I推進担当者は、こうした変化がもたらす影響を理解し、インクルーシブなコミュニケーション、公平な評価・育成、そしてすべての社員への配慮といった観点から、計画的な施策を講じる必要があります。
多様な働き方を単なるコスト削減や効率化の手段としてだけでなく、「多様な人材がそれぞれの能力を最大限に発揮できるインクルーシブな組織を作るための重要な要素」と位置づけ、前向きに取り組んでいくことが、持続可能なD&I推進、ひいては組織全体の発展につながるでしょう。本記事でご紹介した内容が、皆様の今後の活動の一助となれば幸いです。