従業員をD&I推進の担い手に:アンバサダー・プログラムの設計と運用
従業員をD&I推進の担い手に:アンバサダー・プログラムの設計と運用
D&I推進は、担当部署や特定の担当者だけが旗を振るだけでは、組織全体に浸透し、文化として根付かせることは困難です。従業員一人ひとりがD&Iを「自分ごと」として捉え、日常業務の中で実践していくことこそが、推進を加速させる鍵となります。そのための有効な手段の一つが、従業員の中からD&I推進の担い手となる「アンバサダー」や「チェンジエージェント」を育成・活用することです。
しかし、「具体的に誰をどのように選べば良いのか」「どのような活動をしてもらえば効果的なのか」「育成プログラムはどのように設計すれば良いのか」といった疑問をお持ちの担当者の方もいらっしゃるのではないでしょうか。
この記事では、D&I推進におけるアンバサダーやチェンジエージェント育成の重要性とその具体的な取り組みについて解説します。組織全体を巻き込み、D&I推進を次の段階に進めるためのヒントとなれば幸いです。
なぜ従業員を「担い手」にする必要があるのか
D&I推進を組織全体に広げ、持続可能なものとするためには、以下のような理由から従業員を「担い手」とすることが不可欠です。
- 組織全体への浸透力向上: 特定の部署からのトップダウンだけでなく、現場に近い従業員が推進役となることで、日々の業務や人間関係の中でD&Iの重要性や具体的な行動を自然に伝えやすくなります。
- 多様な視点の反映: 多様なバックグラウンドを持つ従業員が担い手となることで、推進側だけでは気づけなかった現場の課題やニーズを吸い上げ、施策に反映させることができます。
- 心理的安全性の向上: 同じ従業員の立場でD&Iについて語り合える場があることは、率直な意見交換や懸念表明をしやすくし、心理的安全性の向上に繋がります。
- 持続性の確保: D&I推進が特定の個人の熱意に依存するのではなく、組織として自律的に推進されていく体制を構築できます。
アンバサダーとチェンジエージェント:それぞれの役割
「アンバサダー」と「チェンジエージェント」は似た文脈で使われることがありますが、期待される役割に違いがあります。自社の目的に応じて、どちらの役割を重視するか、あるいは両者を組み合わせるかを検討しましょう。
- D&Iアンバサダー (Ambassador): D&Iの重要性を社内外に伝え、認知度を高める役割を担います。社内イベントでの啓発活動、社内報やSNSでの情報発信、新入社員への紹介などが主な活動内容です。D&Iに関する「顔」となり、肯定的なメッセージを発信することで、関心を持つ従業員を増やすことに貢献します。
- D&Iチェンジエージェント (Change Agent): 組織内で具体的な変化を推進する役割を担います。部署内での勉強会企画・実施、チーム内の課題解決に向けた働きかけ、インクルーシブなミーティング進行の促進、D&I推進担当者への現場の声のフィードバックなどが含まれます。現状を変えるための具体的な行動や対話に積極的に関わります。
一般的には、アンバサダーは「広報・啓発」、チェンジエージェントは「変革・実践」に重きを置きます。どちらの役割も重要であり、互いに補完し合う関係にあります。
アンバサダー/チェンジエージェント・プログラムの設計ステップ
従業員をD&I推進の担い手として育成・活用するためのプログラムは、以下のステップで設計・運用することが考えられます。
ステップ1:目的と役割の明確化
プログラムを通じて何を達成したいのか(例:特定の部署における無意識の偏見の解消、社内イベントでのD&Iテーマ浸透、特定のマイノリティグループへの理解促進など)を具体的に設定します。その目的に基づき、アンバサダーまたはチェンジエージェントに期待する役割や活動内容を明確に定義します。
ステップ2:選定基準と方法の決定
どのような資質を持つ従業員を担い手とするかを検討します。例として、D&Iへの関心が高い、部署内外で信頼されている、コミュニケーション能力が高い、変化を恐れず積極的に行動できる、多様な視点を持っている、などが挙げられます。
選定方法としては、全従業員からの公募、上司からの推薦、またはD&I推進担当者からの個別の声かけなどが考えられます。プログラムの目的や組織風土に合わせて、透明性が高く、多くの従業員に機会が開かれている方法を選択することが望ましいです。
ステップ3:育成プログラムの設計と実施
選ばれた従業員が担い手として活動できるよう、必要な知識やスキルを習得するための育成プログラムを実施します。
- 研修内容例:
- D&Iの基本概念と自社における位置づけ
- アンコンシャス・バイアスに関する理解と自己認識
- インクルーシブなコミュニケーションスキル
- プログラムの目的、担い手に期待される役割、活動ガイドライン
- 効果的な情報発信やファシリテーションの方法
- (チェンジエージェント向け)組織変革や課題解決のアプローチ
育成プログラムは、一方的な知識伝達だけでなく、参加者同士の対話やワークショップを取り入れ、実践的なスキル習得を目指すことが重要です。
ステップ4:活動の支援と仕組みづくり
担い手がスムーズに活動できるよう、組織的な支援体制を構築します。
- 経営層・管理職の理解と協力: プログラムの重要性を周知し、担い手の活動時間確保や部署内での協力を促します。
- 活動時間の確保: 活動が本業の負担になりすぎないよう、一定の時間を公式な活動時間として認めるなどの配慮が必要です。
- 情報提供と連携: D&I推進に関する最新情報や社内イベントの企画状況などを定期的に共有し、推進担当者との連携を密にします。
- 交流の場の提供: 担い手同士が情報交換したり、悩みを共有したりできる定期的なミーティングやオンラインコミュニティを設けます。
- 承認と評価: 担い手の貢献を正当に評価し、社内で認知される仕組みを作ります。経営層からの感謝のメッセージ、社内表彰、キャリアパスへの反映などが考えられます。
ステップ5:活動内容の企画と実施
担い手は、ステップ1で定めた目的と役割に基づき、具体的な活動を企画・実施します。
- 活動例:
- D&Iテーマの社内イベント企画・運営サポート
- 社内報、イントラネット、SNSでのD&I関連情報発信
- 部署内でのショート勉強会やワークショップの開催
- 新入社員や中途入社者へのD&Iに関するオンボーディングサポート
- インクルーシブな会議運営のデモンストレーションや啓発
- 現場の声をD&I推進担当者にフィードバック
- 特定のテーマに関する意見交換会や座談会のファシリテーション
活動内容や規模は、担い手の負荷やプログラムの成熟度に応じて調整します。最初は小規模な活動から開始し、徐々に範囲を広げていくことも有効です。
ステップ6:効果測定とフィードバック
プログラムの目的がどの程度達成されているか、担い手の活動は効果的かなどを定期的に評価します。担い手や他の従業員からのフィードバックを収集し、プログラム内容や支援体制を見直します。
成功事例と実践上のポイント
いくつかの企業では、従業員を巻き込んだアンバサダープログラムやチェンジエージェントの仕組みを構築し、D&I推進を加速させています。
- 事例1(テクノロジー企業): 多様なバックグラウンドを持つ従業員を「D&Iチャンピオン」として任命。チャンピオンは各部署で定期的な情報交換会を実施したり、D&Iに関するアイデアを吸い上げたりする役割を担う。経営層が彼らの活動を積極的に評価し、全社総会で活動報告の機会を設けることで、他の従業員への良い刺激となっている。
- 事例2(消費財メーカー): 若手従業員を中心に「チェンジメーカー」チームを組成。このチームは、既存の社内制度や風土に対する改善提案をD&Iの視点から行い、役員に直接提言する機会が設けられている。自分たちが組織を変える主体であるという意識が醸成され、エンゲージメント向上にも繋がっている。
これらの事例から学べる実践上のポイントは以下の通りです。
- 経営層のコミットメントを示す: プログラムの開始時に経営層がメッセージを発信する、活動を積極的に承認するなど、経営層のサポート姿勢を明確にすることが担い手のモチベーション維持に不可欠です。
- 担い手の「熱意」と「適性」を見極める: D&Iへの強い関心に加え、他者を巻き込む力やコミュニケーション能力など、役割を遂行するための適性があるかを見極めることが重要です。
- 過度な負担をかけない仕組み: 本業と両立できるよう、活動時間の目安を設定したり、特定の担当者に負荷が集中しないようなローテーションを検討したりします。
- 定期的なコミュニケーション: 推進担当者と担い手、担い手同士が定期的に情報交換し、課題や成功体験を共有できる場を設けることで、活動の質を高め、孤立を防ぎます。
- 柔軟な見直し: プログラムは一度設計したら終わりではなく、運用状況やフィードバックをもとに継続的に改善していく姿勢が重要です。
まとめ
D&I推進を真に組織の力とするためには、一部の担当者だけでなく、従業員一人ひとりが意識を変え、行動を起こすことが求められます。アンバサダーやチェンジエージェントの育成は、そのための強力な後押しとなります。
適切な目的設定、丁寧な選定と育成、そして継続的な組織からの支援があれば、従業員はD&I推進の強力な「担い手」となり、組織全体の文化変革を加速させることができます。
この記事で紹介したステップやポイントを参考に、ぜひ貴社に合ったアンバサダー/チェンジエージェント・プログラムの設計・運用に取り組んでみてください。従業員の熱意と貢献が、D&I推進の大きな原動力となるはずです。