D&I推進の目標設定・進捗管理:担当者が成果を出すための実践ガイド
D&I推進の目標設定・進捗管理:担当者が成果を出すための実践ガイド
D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)推進は、企業の持続的な成長に不可欠な取り組みとして認識されています。しかし、「何から手をつければ良いか分からない」「推進しているけれど、効果が見えにくい」といった悩みを抱える担当者の方も少なくありません。特に、D&I推進の目標をどのように設定し、その進捗をどのように管理していくかは、多くの担当者が直面する共通の課題です。
本稿では、D&I推進担当者の皆様が、取り組みを単なるスローガンで終わらせず、具体的な成果につなげるための目標設定と進捗管理の方法について、実践的な観点から解説します。
D&I推進における目標設定の重要性と課題
D&I推進を成功させるためには、明確な目標を設定し、その達成度を測定・評価することが非常に重要です。目標がなければ、活動が漠然としたものになり、「何のために」「誰が」「何を」「いつまでに」行うのかが不明確になってしまいます。その結果、担当者や関係者のモチベーションが低下したり、経営層への報告が難しくなったりします。
しかし、D&Iは人の意識や組織文化といった定性的な要素が多く含まれるため、具体的な目標設定や定量的な効果測定が難しいと感じられることがあります。
よくある課題としては、以下のような点が挙げられます。
- 目標が抽象的すぎる: 「多様な人材が活躍できる組織にする」といったスローガンに近く、具体的な行動や成果に結びつきにくい。
- 測定が困難な目標: 「社員のエンゲージメントを向上させる」といった目標は重要ですが、その指標設定や測定方法が不明確。
- 担当者間での認識のずれ: 目標の解釈や重要度について、推進チーム内で共通認識が持てていない。
- 経営層や現場への説明不足: 設定した目標が、なぜその目標なのか、達成することで何が得られるのかが関係者に伝わっていない。
- 進捗管理の仕組みがない: 目標設定はしたが、その後の進捗を定期的に確認・共有する体制やツールがない。
これらの課題を乗り越え、D&I推進を着実に進めるためには、より戦略的かつ実践的な目標設定と進捗管理が必要です。
実践的な目標設定の考え方とステップ
D&I推進の目標は、単に数値を追うだけでなく、組織全体のビジョンや経営戦略と連動している必要があります。以下のステップで目標設定を進めることを推奨します。
ステップ1:現状把握と課題の特定
まず、自社の現状をデータや従業員の声を通じて客観的に把握します。
- データの収集: 従業員の属性データ(性別、年齢、国籍、障がいの有無など)、離職率、昇進率、給与データなどを分析し、特定の属性に偏りがないか、アンコンシャス・バイアスが潜んでいないかなどを確認します。
- 従業員の声の収集: サーベイ、ヒアリング、フォーカスグループなどを実施し、従業員が職場で感じていること、改善してほしい点などを把握します。心理的安全性のレベルなども重要な指標となり得ます。
これらの現状把握から、自社におけるD&Iの主要な課題を明確に特定します。例えば、「女性管理職比率が低い」「特定の部署に多様性が偏っている」「リモートワーク環境下での従業員間の孤立感」「ハラスメントに関する相談件数の推移」などが具体的な課題となります。
ステップ2:目標の具体化(SMART原則の活用)
特定した課題に対し、具体的で達成可能な目標を設定します。目標設定には「SMART原則」が有効です。
- S (Specific): 具体的に何を目指すのか?
- 例:「女性管理職比率を向上させる」→「〇年までに女性管理職比率を〇%にする」
- M (Measurable): どうやって測定するのか?
- 例:「多様な意見交換を促進する」→「チームミーティングにおける発言者の属性多様性を測定可能な指標を設定する」
- A (Achievable): 達成可能な目標か?
- 現状やリソースを考慮し、非現実的な目標にならないように設定します。
- R (Relevant): 経営戦略やD&I推進のビジョンと関連しているか?
- 設定した目標が、自社が目指す組織像に貢献するかを確認します。
- T (Time-bound): いつまでに達成するのか?
- 明確な期限を設定します。
ステップ3:指標(KPI)の設定
設定した目標の達成度を測定するための具体的な指標(KPI: Key Performance Indicator)を定めます。D&Iの指標には、定量的なものと定性的なものがあります。
定量的な指標例:
- 女性管理職比率、外国人従業員比率、障がい者雇用率、LGBTQ+当事者の自己申告率など、特定の属性に関する構成比率
- 育児・介護休業取得率とその後の復職率
- 特定の研修(アンコンシャス・バイアス研修など)の参加率・修了率
- ハラスメントや差別に関する相談件数・解決件数
- 従業員エンゲージメントサーベイにおけるD&I関連項目のスコアや変化率
- 採用プロセスにおける多様な候補者のエントリー数、選考通過率、採用決定率
- 離職率(特に特定の属性や部署におけるもの)
定性的な指標例:
- 従業員のストーリーや成功体験(ヒアリング、社内報などで収集)
- 多様な意見が会議でどのように扱われているかの観察結果
- 社内アンケートやヒアリングにおける「心理的安全性」「包容感(Belongingness)」に関するフリーコメントや評価
- アライシップ行動の促進度合い(例:社内イベントへの参加者の多様性)
重要なのは、設定した目標に対して、どのような指標が最も適切かを検討することです。複数の指標を組み合わせることで、より多角的に進捗を把握することができます。
ステップ4:目標・指標の共有と浸透
設定した目標と指標は、D&I推進チーム内だけでなく、経営層、各部署のマネージャー、そして全従業員に対して明確に共有する必要があります。「なぜこの目標を設定したのか」「この目標達成が会社にとって、自分にとってどのようなメリットがあるのか」を丁寧に説明し、共感を醸成することが重要です。
効果的な進捗管理の方法
目標を設定するだけでは不十分です。設定した目標の達成に向けて、定期的に進捗を確認し、必要に応じて軌道修正を行う「進捗管理」が不可欠です。
1. 定期的なモニタリング会議
D&I推進チーム内で、最低でも月に一度は進捗確認会議を実施します。各担当者が担当する施策の進捗、指標の数値の変化、発生している課題などを報告・共有します。この会議を通じて、チーム全体で目標達成に向けた共通認識を維持し、連携を強化します。
2. 進捗レポートの作成
経営層や関係部署に報告するための進捗レポートを定期的に作成します。レポートには、設定した指標の数値の推移、実施した施策とその効果、目標達成に向けた課題と今後のアクションなどを盛り込みます。視覚的に分かりやすいグラフや図などを活用すると効果的です。報告頻度は、四半期に一度や半年に一度など、組織の状況に合わせて設定します。
3. データと定性情報の組み合わせ
進捗管理においては、定量的なデータだけでなく、従業員の声や現場で起こっている変化といった定性的な情報も重視します。例えば、数値上は変化が小さくても、特定の部署で従業員間のコミュニケーションが円滑になった、といった定性的な変化は、将来的な数値改善につながる重要な兆候かもしれません。
4. フィードバックループの構築
進捗管理で明らかになった課題や成功事例を、今後の施策立案や目標の見直しに活かす仕組み(フィードバックループ)を構築します。計画(Plan)→実行(Do)→評価(Check)→改善(Act)のPDCAサイクルを回す意識が重要です。
5. ツールの活用
目標や指標、進捗状況を管理するために、共有フォルダ、プロジェクト管理ツール、D&I推進に特化した管理システムなどを活用することも有効です。情報の集約・共有が容易になり、担当者間の連携がスムーズになります。
事例に学ぶ目標設定と進捗管理
多くの先進企業では、D&I推進において具体的な目標設定と継続的な進捗管理を行っています。
- 属性に関する目標: 特定の属性(例:女性、外国人、障がい者、特定の世代など)の採用比率、管理職比率、役員比率などに具体的な数値目標を設定し、採用プロセスや育成プログラムを見直すことで目標達成を目指す。定期的にデータを公表し、社内外にコミットメントを示す企業も多いです。
- 意識・文化に関する目標: 従業員サーベイによるエンゲージメントや包容感(Belongingness)のスコアを測定し、特定の研修参加率やアライシップ行動を促進する施策を実施することで、スコア改善を目指す。サーベイ結果の推移を追いながら、施策の効果を検証します。
- 制度・システムに関する目標: フレックスタイム制度やリモートワーク制度の利用率、育児・介護休業からの復職率などを指標とし、制度利用を促進する仕組みの改善や、復職支援プログラムの利用率向上を目指す。
これらの事例に共通するのは、具体的な指標を設定し、定期的にその進捗を測定・評価し、結果に基づいて次のアクションを計画している点です。
担当者が押さえるべき実践上のポイント
- 経営層との連携: 設定した目標の重要性を経営層に理解してもらい、コミットメントを得ることが、推進力を維持するために不可欠です。定期的な報告と、必要に応じた目標や施策の見直しについて合意形成を図りましょう。
- 関係部署との連携: 人事部内だけでなく、経営企画部、広報部、各事業部など、関係部署との連携も重要です。特に、採用目標には採用部門、育成目標には研修部門、働き方改革には労務部門など、具体的な施策実行に関わる部署との協力体制を構築します。
- 目標達成プロセスを「見える化」: 目標だけでなく、その目標を達成するためにどのような施策を、誰が、いつまでに行うのかを明確にし、チーム全体で共有できる状態にします。
- 柔軟性の確保: D&I推進は長期的な取り組みであり、社会情勢や組織の変化に合わせて目標や施策を見直す柔軟性も必要です。一度設定した目標に固執しすぎず、定期的にその妥当性を評価しましょう。
- 成功体験の共有: 目標達成に向けた小さな成功体験でも、積極的に社内で共有します。これにより、従業員のD&Iへの関心を高め、「自分ごと化」を促進することができます。
まとめ
D&I推進を形骸化させず、組織に真の変革をもたらすためには、明確な目標設定と地道な進捗管理が欠かせません。抽象的なスローガンではなく、SMART原則に基づいた具体的で測定可能な目標を設定し、定量・定性の両面から適切な指標を選定することが第一歩です。そして、設定した目標に向けて、チーム内で連携しながら定期的に進捗を確認し、関係者に報告・共有する仕組みを構築します。
目標設定や指標設定は容易な作業ではありませんが、このプロセスを通じて自社のD&Iにおける強みや弱みが明確になり、より効果的な施策へとつながります。本稿が、皆様のD&I推進活動における目標設定と進捗管理の一助となれば幸いです。着実に一歩ずつ取り組みを進め、多様な個性があらゆる場面で輝けるインクルーシブな組織づくりを目指しましょう。