D&I推進とハラスメント防止:連携で実現する安心・安全なインクルーシブ職場
D&I推進とハラスメント防止は車の両輪:なぜ連携が必要なのか
ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)推進は、多様なバックグラウンドを持つ人々を受け入れ、それぞれが持つ能力を最大限に発揮できる環境を創出することを目指します。一方、ハラスメント防止は、すべての従業員が尊厳をもって働くことができるよう、不適切な言動や行為を排除することを目的としています。
一見すると異なる取り組みのように思えるかもしれませんが、実はこの二つは密接に関連しており、連携なくして真のインクルーシブな職場環境は実現できません。どんなに多様な人材が集まっても、安心して意見を表明したり、自分らしく振る舞ったりできない環境であれば、その多様性は活かされず、むしろ孤立感や不満を生み出す可能性があります。ハラスメントは、インクルージョンを阻害する最大の要因の一つと言えるでしょう。
しかし、多くの企業ではD&I推進とハラスメント防止が別々の担当部署や委員会で扱われ、十分な連携が取られていないのが現状です。これにより、施策が断片的になったり、従業員にとって「結局何を目指しているのか分かりにくい」といった状況が生まれることがあります。
本記事では、D&I推進担当者がハラスメント防止との連携を強化するために直面する可能性のある課題を掘り下げ、具体的な解決策や実践的なアプローチをご紹介します。両者の連携を深めることで、すべての従業員にとって安心・安全で、かつ個々の違いが尊重される真にインクルーシブな職場を実現するためのヒントを提供できれば幸いです。
D&I推進とハラスメント防止における連携の課題
D&I推進とハラスメント防止の連携を進めるにあたり、いくつかの課題が考えられます。
- 担当部門間の壁: D&I推進は人事部や専門部署、ハラスメント防止は法務部やコンプライアンス部門、労務部門などが担当することが多く、縦割りになりがちです。情報共有や施策の足並みが揃いにくいという課題があります。
- 目的意識のずれ: D&I推進担当者は多様性の受容と活用に、ハラスメント防止担当者はリスク管理や法令遵守に重点を置く傾向があり、それぞれの視点や優先順位が異なる場合があります。
- 「多様性」の誤解: 多様性を受け入れることと、許容できない行為(ハラスメント)を区別する難しさです。「個性の尊重」と「ハラスメント行為」の線引きがあいまいになり、現場で混乱が生じる可能性があります。
- 新たなハラスメントリスクへの対応: D&Iが進み、これまで組織にいなかった属性の人々が増えることで、意図せずとも特定の属性に対する偏見に基づくマイクロアグレッション(無意識的な差別的言動)や新たな形のハラスメントが発生するリスクが高まります。
これらの課題を乗り越え、D&I推進とハラスメント防止を統合的に進めることが、効果的な職場環境づくりには不可欠です。
連携を強化するための具体的なアプローチ
D&I推進担当者がハラスメント防止担当部署と連携し、より効果的な取り組みを進めるための具体的なアプローチをいくつかご紹介します。
1. 共通理解とビジョンの共有
まず、経営層を含め、D&I推進とハラスメント防止が相互に補強し合う関係性であり、従業員が安心して働ける環境を創出するという共通の目的に向かっていることを明確に共有します。両部門の担当者だけでなく、管理職や従業員全体に対する共通メッセージの発信が有効です。
2. 定期的な情報交換と合同会議の実施
D&I推進担当者とハラスメント防止担当者が定期的に集まる場を設けます。サーベイ結果や相談事例、関連法改正などの情報を共有し、連携して取り組むべき課題や施策について話し合います。これにより、それぞれの部門が抱える課題への理解が深まり、相乗効果を生むアイデアが生まれやすくなります。
3. 施策の統合・連携推進
বিচ্ছিন্নしていた施策を統合したり、内容を連携させたりすることで、一貫性のあるメッセージを従業員に届けられます。
- 研修プログラムの共同開発・実施:
- アンコンシャス・バイアス研修や多様性理解研修に、特定の属性に対するハラスメント(例: LGBTに関するハラスメント、障害者に対するハラスメントなど)についての内容を含める。
- ハラスメント研修に、多様な背景を持つ従業員への配慮や、インクルーシブなコミュニケーションの重要性といったD&Iの視点を盛り込む。
- 新任管理職研修などで、D&Iとハラスメント防止の両面から、部下の多様性を尊重し、安全なチームを築くための役割を伝える。
- 相談窓口の連携強化:
- D&Iに関する相談とハラスメントに関する相談窓口を統合したり、担当者間で情報共有のルールを明確化したりすることで、従業員がどこに相談すれば良いか迷わない体制を構築します。相談者が安心して利用できるよう、プライバシーへの配慮は必須です。
- 規程・ガイドラインの見直し:
- 就業規則、ハラスメント防止規程、行動規範などを、D&Iの視点から見直します。例えば、性的指向・性自認(SOGI)に関するハラスメント、パワーハラスメント、カスタマーハラスメントなど、多様なハラスメント形態に対応しているか、また、オンライン環境でのコミュニケーションに関する規定などを加える検討をします。表現方法も、多様な従業員に分かりやすいように配慮することが重要です。
- 従業員意識調査の連携:
- D&Iに関するサーベイとハラスメントに関するサーベイを統合的に実施・分析します。例えば、「心理的安全性」に関する設問や、「自身の属性に関して不快な思いをした経験」に関する設問などを加えることで、D&Iの取り組みがハラスメントリスクにどのような影響を与えているかを多角的に把握できます。
4. インクルーシブなコミュニケーションの推進
日々のコミュニケーションにおける意識改革は、ハラスメント防止の基盤となります。誰もが安心して意見を言える雰囲気、相手の多様性を尊重する姿勢、フィードバックの際の配慮などを研修やワークショップを通じて促進します。これは心理的安全性の醸成にも繋がり、結果としてハラスメントの抑止にも効果を発揮します。
事例に学ぶ:連携の重要性
あるIT企業では、以前はD&I推進とハラスメント相談窓口が完全に分離していました。D&I施策として様々な背景を持つ人材の採用を増やした結果、従業員の属性は多様化しましたが、「〇〇さんって変わってるよね」といった無意識的な差別発言や、特定の価値観の押し付けといったマイクロアグレッションに関する相談が増加しました。しかし、これらの相談はハラスメントの定義に厳密には当てはまらないケースが多く、ハラスメント相談窓口では十分な対応が難しいという課題がありました。
そこで、D&I推進担当者とハラスメント相談窓口の担当者が連携を開始。相談事例を共有し、共同で「多様性に関する不快な言動チェックリスト」を作成しました。また、従業員向けに「無意識の偏見とインクルーシブな対話」に関する研修を共同で実施。これにより、従業員は「何気ない一言」が相手を傷つける可能性があることを理解し、コミュニケーションに対する意識が変化しました。相談窓口の担当者も、D&Iの視点を取り入れることで、より丁寧なヒアリングと適切な対応が可能になり、従業員の安心感向上に繋がったといいます。
この事例からわかるように、D&I推進によって多様性が高まるにつれて、これまで顕在化しなかった新たなハラスメントリスクや、ハラスメントには至らないものの従業員の心理的安全性を損なう言動が現れることがあります。D&I推進担当者がハラスメント防止の視点を持ち、関連部門と密に連携することで、こうした新たな課題にも迅速かつ適切に対応できるようになります。
実践上のポイント
D&I推進担当者がハラスメント防止との連携を成功させるためのポイントをまとめます。
- 共通目標の設定: 両部門共通で目指す「安心・安全でインクルーシブな職場」という目標を明確に掲げます。
- 経営層への働きかけ: 経営層にD&Iとハラスメント防止の連携の重要性を理解してもらい、推進体制への指示や予算確保を依頼します。
- 小さな成功体験を積む: 最初から大きな施策統合を目指すのではなく、合同での勉強会や研修共催など、小さな取り組みから連携を始め、成功体験を積むことが継続に繋がります。
- 現場の声を聞く: 従業員へのアンケートやヒアリングを通じて、実際にどのようなハラスメントリスクがあるのか、どのような環境であれば安心して働けるのか、現場のリアルな声を聞き、施策に反映させます。
- 継続的な改善: 一度連携体制を構築すれば終わりではなく、定期的に効果測定を行い、必要に応じて施策や体制を見直します。
まとめ
D&I推進は、単に多様な人々を採用するだけでなく、彼らが安心して組織に馴染み、能力を発揮できる環境を整える「インクルージョン」まで含めて考えなくてはなりません。そして、ハラスメントはインクルージョンを阻害する最も強力な障壁の一つです。
D&I推進担当者がハラスメント防止担当部門と積極的に連携し、共通の理解のもと、研修や規程、相談窓口といった施策を統合的かつ戦略的に進めること。これが、すべての従業員が自分らしく、安心して働くことができる真にインクルーシブな職場環境を実現するための鍵となります。
課題は多いかもしれませんが、一歩ずつ着実に連携を深めていくことで、貴社のD&I推進はさらに強固なものとなるはずです。ぜひ、本日ご紹介したアプローチを参考に、担当部門間の連携強化に取り組んでみてください。