D&I推進担当者のための「公平性(Equity)」実践ガイド:DE&I実現への具体的なステップ
導入:D&I推進の深化としての「公平性(Equity)」の重要性
近年、多くの企業でダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の推進が進められています。しかし、多様な人材を採用し、誰もが受け入れられる文化を醸成するだけでは十分ではないという認識が高まっています。次のステップとして注目されているのが、ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン(DE&I)という考え方です。
特に「E」にあたるエクイティ(Equity)、すなわち「公平性」の概念は、真にインクルーシブな組織を作る上で不可欠です。Equality(平等)が「すべての人に同じ機会を提供する」ことであるのに対し、Equityは「個々の状況やニーズに応じて必要なサポートを提供し、誰もが同じスタートラインに立てる、あるいは同じ成果を目指せるようにする」ことを意味します。
経験の浅いD&I推進担当者の中には、「D&IとDE&Iの違いがよく分からない」「具体的に何をすれば公平性が実現できるのか?」といった疑問をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。この記事では、組織における公平性(Equity)の概念を明確にし、DE&Iを実現するために担当者が取り組むべき具体的なステップやアプローチについて解説します。
課題提起:見過ごされがちな組織内の構造的な不公平
D&Iの取り組みによって、性別、年齢、国籍、障害の有無など、多様な属性を持つ人々が組織内に存在することは可視化されつつあります。また、インクルージョンへの意識も高まり、誰もが発言しやすい雰囲気づくりや、多様な意見を受け入れる文化の醸成が進んでいる企業もあるでしょう。
しかし、それだけで組織が「公平」であるとは限りません。例えば、
- 特定の属性を持つ従業員が昇進しにくい傾向がある。
- 特定の部門や役職に、偏った属性の従業員が集まっている。
- 育児や介護などの責任を負う従業員が、重要なプロジェクトや研修機会から外れやすい。
- 特定の属性に対する無意識のバイアスが、評価やフィードセックに影響を与えている。
- 標準的な働き方を前提とした制度設計が、多様なニーズを持つ従業員にとって不利に働いている。
これらは、表面的な多様性やインクルージョン施策だけでは解消されにくい、組織の制度、システム、文化に根差した構造的な不公平である可能性があります。DE&I推進担当者は、こうした見えにくい不公平に光を当て、是正していく役割が求められます。
公平性(Equity)を実現するための具体的なアプローチ
組織における公平性を推進するためには、Equality(平等)の考え方だけでは不十分であることを理解し、個々の従業員の状況に合わせた柔軟な対応や、制度・システムの根本的な見直しが必要です。以下に、実践的なアプローチをいくつかご紹介します。
1. 現状の把握とデータに基づいた分析
公平性に関する課題を特定するためには、まずは客観的な現状把握が不可欠です。
- 従業員データの分析: 性別、年齢、勤続年数、役職、部門、雇用形態、さらには育児・介護の状況など、様々な属性ごとのデータを収集し、賃金、昇進率、評価、研修参加率、離職率などに偏りがないかを分析します。特に、属性間での統計的に有意な差がないかを確認することが重要です。
- 従業員の声の収集: サーベイ(無記名推奨)、グループインタビュー、個別ヒアリングなどを通じて、従業員が感じている不公平感や、制度・システムに対する意見を収集します。特定の属性を持つ従業員だけでなく、全ての従業員からの意見を聞くことで、潜在的な課題が見えてきます。
- 制度・運用のレビュー: 採用、評価、報酬、配置、昇進、教育研修などの人事制度や、それらの運用プロセスを、公平性の観点から詳細にレビューします。誰にとって不利な制度になっていないか、無意識のバイアスが入り込む余地はないかなどを検証します。
2. 制度・システムの公平性向上に向けた見直し
現状把握で明らかになった不公平性に対応するため、制度やシステムを改善します。
- 公正な評価・報酬制度:
- 評価基準の明確化と、評価者研修の実施により、評価における無意識のバイアスを低減します。
- 職務内容に基づくフェアな賃金体系の見直しや、男女間賃金格差の定期的な調査・是正を行います。
- 多様な働き方(例: 短時間勤務、リモートワーク)を選択した従業員が、不当に評価や昇進機会で不利にならないような評価基準やプロセスの設計。
- 採用プロセスの公平化:
- 求人票における性別、年齢、その他の属性に関する示唆を含む言葉遣いを排除します。
- 構造化面接の導入や、複数名での評価、選考に関わる担当者への無意識バイアス研修を実施します。
- 多様な母集団形成のための採用チャネルの拡大。
- 多様なニーズに対応する支援制度:
- 育児や介護、病気の治療など、様々なライフイベントと仕事を両立できるような柔軟な勤務制度(フレックスタイム、リモートワーク、短時間勤務、休暇制度など)の拡充と、それらを「利用しやすい」文化の醸成。
- 健康状態や障害など、個別のニーズに合わせた合理的な配慮の提供体制の強化。
- 経済的状況や地域格差など、様々な背景を持つ従業員が教育研修やキャリアアップの機会を得られるような配慮。
3. インクルーシブなマネジメントとリーダーシップの育成
公平な組織文化は、マネージャーやリーダーの行動によって大きく左右されます。
- 公平な意思決定トレーニング: チーム内の役割分担、業務のアサイン、評価、フィードバックなど、日常的な意思決定において、無意識のバイアスを認識し、公平な判断ができるようなトレーニングを実施します。
- 個別のニーズへの理解とサポート: チームメンバー一人ひとりの多様な背景やニーズを理解し、それぞれに合わせた必要なサポート(例: 柔軟な働き方の調整、必要な情報提供、メンタルヘルスサポートなど)を提供できるようなマネジメントスキルを育成します。
- アライシップの推進: 多数派を含む全ての従業員が、マイノリティを含む多様な従業員を積極的に支援する「アライ」となることを奨励・促進します。特に管理職層のアライシップは、組織全体の公平性文化醸成に大きな影響を与えます。
実践上のポイントと注意点
Equity推進は、D&I推進をより深く、実効性のあるものにするための重要なステップですが、その推進にはいくつかのポイントがあります。
- 一方的な施策にならないようにする: 組織側が「これが公平だろう」と判断するのではなく、必ず多様な従業員の声を聞き、彼らが本当に必要としているサポートや制度は何かを把握した上で施策を検討・実施することが重要です。
- Equalityとの違いを丁寧に説明する: 「なぜEquality(平等)だけでは不十分なのか」「Equity(公平性)とは具体的に何を意味するのか」について、組織内で丁寧にコミュニケーションを取り、理解を深める必要があります。「えこひいきではないか?」といった誤解を招かないように、公平性の概念と目的を明確に伝えましょう。
- データに基づいたアプローチを継続する: 施策の効果測定や、新たな不公平性の兆候を早期に発見するためにも、従業員データの定期的・継続的な分析は欠かせません。
- 長期的な視点を持つ: 構造的な不公平の是正は、一朝一夕にできるものではありません。継続的な取り組みとして位置づけ、短期的な成果だけでなく、長期的な目標設定と進捗管理を行うことが重要です。
- 経営層のコミットメントを得る: Equity推進は、組織の根幹に関わる制度やシステムの見直しを含む場合が多く、経営層の強いリーダーシップとコミットメントが不可欠です。データや従業員の声を提示し、なぜ公平性の推進が組織の持続的な成長に貢献するのかを粘り強く説明し、理解を求めましょう。
まとめ:Equity推進で真にインクルーシブな組織を目指す
D&I推進担当者として、多様性の受容やインクルージョン文化の醸成に取り組む中で、その一歩先にある「公平性(Equity)」の実現を目指すことは、組織をより強く、誰もが最大限の力を発揮できる場所にするために非常に重要です。
公平性の推進は、単なる理念ではなく、データに基づいた現状分析、制度・システムの見直し、そして従業員一人ひとりのニーズに寄り添う具体的なアプローチを必要とします。容易な道のりではないかもしれませんが、この取り組みを通じて、組織はより公正で、真にインクルーシブな場所へと進化していくはずです。
この記事で紹介した具体的なステップや考え方が、あなたの組織におけるDE&I推進、特に公平性実現のための実践の一助となれば幸いです。